今回は、当院で手術を行った「猫の消化器型リンパ腫」の症例をご紹介させて頂きます。
症例
櫂ちゃん、雑種猫、14歳、去勢オス
以前から嘔吐をしやすい猫ちゃんでしたが、来院時はほぼ1日おきに嘔吐が認められており、体重は前回の受診時から3ヶ月で約7%減少していました。
検査
定期検診のため腹部超音波検査(エコー検査)を行ったところ、消化管の一部が肥厚し、しこりを形成していることが分かりました。前回のエコー検査ではしこりは認められなかったため、3ヶ月の間に約2.7㎝大まで大きくなったと考えられました。しこりの近くの腸間膜リンパ節も腫大しており、炎症もしくは腫瘍の転移が疑われました。
治療計画
櫂ちゃんに認められた消化管のしこりは、エコー検査の画像や発生部位、年齢、症状などから、消化管にできる悪性腫瘍、その中でも「リンパ腫」という血液の腫瘍や「腺癌」が疑われました。
悪性腫瘍が疑われる場合には、診断(しこりの種類)、進行度(転移の有無等)、患者さんの体の状態(病気による症状や合併症、基礎疾患の有無等)、治療目的(根治治療もしくは緩和治療等)について考えることが重要で、これらを元に、飼い主様と検査内容や治療方針をご相談していきます。
櫂ちゃんの場合は、しこりが大きいため消化物の通過を妨げている様子があり、いつ消化管閉塞を起こしてもおかしくない状態であると考えられました。ご相談を重ねた結果、いずれの診断や進行度であっても、消化管閉塞やしこりの破裂を避けることを第一に優先したいとご家族が希望され、術前に細胞診検査などは実施せず、開腹下で消化管切除を行い、しこりを摘出することとなりました。
※ご家族の希望などにより、術前に細胞診検査等により診断を行う場合もあります。
腫大したリンパ節は転移の可能性もあるため、外科手術時に同時に細胞診検査を行い、転移の有無を確認することとしました。
また、消化管切除後は、食事の形状や量を適切に調整する必要があります。今回は、櫂ちゃんの体調や性格等を考慮し、食事療法をしっかりと実施できるよう、麻酔中に食道カテーテル(流動食を直接食道に流し入れることができるチューブ)を設置することとなりました。
手術
こちらを開きますと実際の手術写真が掲載されています。苦手な方はお気をつけください。
開腹し、しこりがある部位の消化管を慎重にお腹の外に出していきます。しこりの周りを観察すると、腸間膜の根元のリンパ節が腫大していることが分かりました。
腫大したリンパ節の細胞診検査を実施した後、しこりから十分な距離を確保して、消化管の切除を行いました。
切除した後は、消化管を漏れがないようにつないでいきます。つなぎ合わせた後は、注射器で腸の内部に生理食塩水を入れて、漏れがないか、狭くなっていないかなどを確認しました。その後、確認できる範囲で周辺の他の臓器に異常が無いかを確認し、閉腹しました。
最後に食道カテーテルを設置し、手術終了としました。
術後経過
術後の経過は良好であり、食事量も徐々に増え、嘔吐は認められなくなりました。手術から8日後には、自分でご飯を安定して食べることができるようになったため、食道チューブを抜くこともできました。
病理組織検査の結果、消化管のしこりは「T細胞性高グレードリンパ腫」と診断されました。また、腫大した腸間膜リンパ節へも、腫瘍細胞の浸潤が認められました。術後の抗がん剤治療はご家族が希望されず、ステロイドの投薬を継続し経過をみることとなりました。ステロイド開始後にはリンパ節も縮小し、術後1ヶ月半が経過しましたが、嘔吐もなく体重も増加し元気に過ごしてくれています。
まとめ
消化管をはじめとしたお腹の中にできたしこりは、体の表面から見つけることはできないため、症状が出た時点でとても大きくなっていたり、すでに転移を起こしている場合も少なくないです。早期発見のためには、小さな体の変化を見逃さないこと(出やすい症状としては、嘔吐、下痢、血便、黒色便、体重減少など)と、定期検診を受けることが大切です。わんちゃんやねこちゃんの場合は、人間の医療のような腫瘍マーカーでのがん検診がほとんど実施できないので、胸やお腹の中にできるしこりの早期発見にはレントゲン検査やエコー検査を受ける必要があります。血液検査では全く異常がなかったけど、お腹の中に大きなしこりができていた、ということも多く見受けられます。特にシニア期のわんちゃんやねこちゃんは、画像検査も含んだ健康診断を受けることを考えてみてください。
櫂ちゃんの場合は、残念ながら完治が難しいリンパ腫という病気でしたが、手術後は嘔吐もなく、ご飯をおいしく食べてご家族と穏やかに過ごしてくれています。櫂ちゃん、大変な手術お疲れ様でした!