当院での治療例を紹介させていただきます。
今回の症例は、『犬の膝蓋骨脱臼』です。

症例

あるまちゃん、トイ・プードル、1歳9ヶ月齢、避妊メス
以前から両後肢とも膝蓋骨脱臼のグレード2であり、痛みなどはほとんどなく経過観察を行なっていました。しかし、だんだんと外れやすくなってしまい、左側がグレード3へと悪化が認められ、たまにではありますが痛みも出るようになりました。お散歩も長くなってくると歩かなくなってしまうこともありました。元々元気いっぱいの子という事もあり、オーナー様と相談して、手術を行うこととしました。

検査

レントゲン検査を行ったところ、グレードが3になってしまった左後ろ足は骨の変形も右に比べて重度でした。関節炎などの所見は認められませんでした。

手術計画

レントゲン検査をもとに手術計画を立てました。膝蓋骨脱臼はその子その子の状態を見極めて、複数の手術を組み合わせて行うことが一般的です。一般的によく行う手術としては下記の4つがあります。

・滑車溝形成術
膝蓋骨が外れた状態であると本来はまるはずの溝が浅くなってしまい、外れやすくなる原因となってしまいます。そこで溝の部分を深くする手術を行うことで、外れにくくする手術法です。

・脛骨粗面転移術
膝蓋骨脱臼のグレードが高い症例は、骨の変形を伴っていることが多く、その影響で膝の構造が内側に曲がってしまっている子が多いです。それを正すために膝蓋骨の靭帯が骨に付着する脛骨粗面部(すねの上部)を一部切り離して外側へずらしてピンで固定することで膝の構造を真っ直ぐに矯正する手術を行います。

・関節包縫縮術
内側に脱臼してしまう症例では関節を覆う関節包という膜の外側が伸びてしまい、外れやすくなってしまいます。そのため、伸びた関節包を一部切り取って縫い縮めることで、本来の関節の緊張度を取り戻す手術を行います。

・内側支帯離断術
膝蓋骨が外れている期間が長いと、縫工筋や内側広筋といった膝蓋骨に繋がる内側の筋肉が縮んで固くなってしまうことがあります。縮んでしまうと膝蓋骨を内側に引っ張る力が過度にかかってしまうため、筋肉の緊張度が高い場合は、筋肉の付着部を一部離断して、緊張が緩む位置へ縫合する手術を行います。


今回のあるまちゃんの場合、右足はグレード2であり骨の変形はそれほどではないため、『滑車溝形成術』、『関節包縫縮術』、『内側支帯離断術』の三つの術式を組み合わせて実施することとしました。左足はグレード3であり、レントゲン検査上骨の変形も認められたので、それを矯正するために、3つの術式に追加して『脛骨粗面転移術』を行うこととしました。

手術

こちらを開きますと実際の手術写真が掲載されています。苦手な方はお気をつけください。

手術写真

手術は両側同時に行った。ここでは左足に行った手術をご紹介いたします。
膝関節やや側方を切開しました。膝蓋骨の内側にある縫工筋を確認すると、緊張度が高く、膝蓋骨を常に内側に引っ張って待っておりました。そこで『内側支帯離断術』を実施して、縫工筋の付着部を一部切開して緊張を緩めました。その下にある内側広筋も切開することがありますが、今回は縫工筋を切開しただけで十分に緩みましたので、内側広筋はそのままとしました。

その後、膝の靱帯を包んでいる、関節包の外側部を切開して関節内にアプローチしました。関節を確認してみると膝の滑車溝はやや浅く、内側の軟骨に損傷が認められた。

滑車溝が浅いので『滑車溝形成術』を行った。軟骨部分をブロック状に切り出し、一部をつなげたまま一度持ち上げて、その下にある内部の骨を削り、元に戻しました。こうする事で軟骨に大きな損傷を与える事なく溝を深くすることができます。

続いて、『脛骨粗面転移術』を行いました。膝蓋靱帯が付着する部分の骨を一部を残して切断し、外側に5mmずらしてピンで再度固定しました。こうする事で膝の筋肉ー膝蓋骨ー膝蓋靱帯の付着部が一直線となり、膝蓋骨が作成した溝の上をまっすぐに移動できるようになりました。

その後、膝の動きがまっすぐになっている事を確認して、伸びてしまっている外側の関節包を適度な緊張度になるように一部切除して、縫合する『関節包縫縮術』を行いました。さらにその上に切開した大腿筋膜を覆い被さるように縫合しました。その後、皮膚を縫合して治療終了です。

術後レントゲン検査

術後のレントゲン検査です。膝蓋骨も溝の中央部にしっかりとはまっています。左足は「脛骨粗面転移術」にて膝蓋靱帯の付着部を外側にずらして、ピンで固定しております。

術後経過・リハビリ

術後は、ロバート・ジョーンズ包帯法により数日患部を保護しました。両脚包帯を巻いた状態でも起立できるくらい経過は良好でした。包帯を外した術後3日目には、問題なく歩けるくらいに回復していました。その後、術後6日で退院となりました。術後13日目に抜糸を行い、その後は、より自然な状態での回復を目指して、1週間に1回程度のリハビリを合計10回行いました。リハビリの経過も非常の良好で、手術したのかわからないくらい、しっかり歩いたり走ったりできています。オーナー様のお話では長い散歩でも止まってしまうことはなくなり、どこまでも歩いて行けいそうとのことでした。

まとめ

犬の膝蓋骨脱臼は、トイプードルなどの小型犬で先天的あるいは若いうちから発生して、だんだんと悪化することもある病態です。若いうちは外れてもなんでもない子が多いですが、歳を重ねるにつれて、軟骨が損傷していき、慢性的な関節炎となるケースや、前十字靭帯断裂などの他の疾患に発展するケースもあります。一方で、膝蓋骨が頻繁に外れるにも関わらず、生涯大きな症状もなく経過するケースもあります。治療方法は基本的には手術となりますが、どの程度から手術をするべきかは、現在も明確な基準はなく、整形外科医の間でも意見が分かれております。当院では、いわゆるグレードだけではなく、犬の性格、生活環境、どの程度激しい運動をするか、体重、年齢、今までの痛みの有無、進行する様子があるかなどを考え、飼い主様としっかり相談させていただいた上で、手術を行うようにしています。術後もリハビリを積極的に行い、極力自然な形に治るように努めております。手術をするのであれば2歳以下が治りも早く理想的でありますので、膝が緩いと言われた、たまに変な歩き方をする、よく足を伸ばす仕草があるなど、気になることがあれば、早めにご相談ください。
あるまちゃん、手術とリハビリよく頑張りました。これからいっぱい散歩して、いっぱい遊んでね!

この記事を書いた人

岡田 憲幸

岐阜大学応用生物科学部獣医学課程を卒業。卒業後は都内動物病院(副院長)や松波動物病院メディカルセンターに勤めたのち、2023年に東郷がじゅまるの樹動物病院を開院。日本獣医師会、愛知県獣医師会、日本動物病院協会、獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会所属。日本動物病院協会 総合臨床医、日本動物病院協会 外科認定医資格所持。