当院で行った治療例をご紹介させて頂きます。
今回は当院で手術を行った『犬の乳腺腫瘍』の症例をご紹介させて頂きます。

症例

あずきちゃん、トイプードル、10歳、未避妊メス
乳腺にしこりを見つけ、他院にて乳腺腫瘍と診断、手術を検討されセカンドオピニオンのため当院を受診されました。

触診では、すでに指摘されている右の第5乳腺に直径1.5cmのしこりが確認できました。また、他の乳腺も念入りに触診をしたところ左の第4乳腺にも0.3cmの小さなしこりを確認しました。出血や炎症などはなく、一番近くのリンパ節である鼠径リンパ節の腫れも認められませんでした。

検査

しこりの発生部位は乳腺と考えられましたが、その他の皮膚・皮下腫瘍を否定するため、針を刺して細胞を採取する細胞診検査を行いました。

検査の結果、右の第5乳腺のしこりは『乳腺腫瘍(悪性を疑う)』と診断されました。通常、乳腺腫瘍は細胞診検査のみでは良性と悪性の診断は出来ず、確定診断には組織を固まりで検査する病理組織検査が必要です。今回は、採取された細胞の形態から、どちらかというと悪性乳腺腫瘍を疑うとのコメントでした。

その他、転移の評価のため胸部レントゲン検査を行い、肺転移が認められないことを確認しました。

術前計画

犬の乳腺は、右第1~5乳腺と左第1~5乳腺がそれぞれ連なっています。犬の乳腺腫瘍の場合には、切除方法による予後への影響は報告されていないため、手術範囲は腫瘍の位置や大きさ、数等に応じて決定します。乳腺を残して切除した場合には、将来的に別の乳腺腫瘍が発生するリスクが残るため、飼い主様のご希望や、手術を受けるわんちゃんの体調なども考慮していきます。

今回は、悪性が疑われている右の乳腺腫瘍に関しては第4~5乳腺をまとめて切除することとしました。まとめて切除することで鼠径リンパ節も摘出できるため、転移の有無の確認ができる方法です。また、左の小さな乳腺腫瘍は部分摘出をし、同時に避妊手術も行うこととしました。避妊手術を同時に行う目的は、①子宮や卵巣の病気を予防する、②残った乳腺から別の乳腺腫瘍が発生する可能性を下げるためです。

手術

こちらを開きますと実際の手術写真が掲載されています。苦手な方はお気をつけください。

術中写真

まずは、開腹し卵巣・子宮を摘出する避妊手術を行いました。卵巣や子宮にも病気の発生がないか、目視や触診で確認しながら手術を行い、閉腹します。

その後、右第4~5乳腺切除を行いました。乳腺の取り残しがないように、慎重に乳腺を剥離していきます。また、出血が起きないように止血処理も同時に進めていきます。

左の第4乳腺のしこりは、皮膚の裏側からくり抜くように切除しました。

切除後の写真です。足の付け根のあたりは足の動きにより、傷が引っ張られてしまうので、術創が安定せず、癒合不全になりやすい場所です。そのためウォーキングスーチャーという方法を用いて張力を分散させる縫合を数カ所実施した後に、皮下縫合と皮膚縫合を行いました。

縫合を終えたところの写真です。下半分の乳腺だけでもとても大きな傷口となるため、術中から術後はしっかりと鎮痛薬を使用していきます。

術後経過

術後の経過は良好で、抜糸も問題なく行えました。

病理組織検査の結果、もともと悪性が疑われていた右の第5乳腺のしこりは悪性混合腫瘍と診断されました。また、同時に切除した左第4乳腺にある小さなしこりは、乳腺複合腺癌と診断され、こちらも悪性腫瘍という結果でした。残念ながら両方の腫瘍が悪性腫瘍という診断でしたが、最小限の切除を行った左のしこりも病理学的には、完全に切除されており、リンパ管や血管への浸潤も認められませんでした。また、同時に切除した右の鼠径リンパ節には腫瘍の転移無しと診断されました。

左のしこりに関しては、悪性腫瘍であれば根っこのように広がっていることがあるため、本来もっと大きな範囲での切除が推奨されます。しかし、今回は病理学的に完全に切除が出来ていると評価されたため、飼い主様とご相談の上、追加切除や抗がん剤治療は行わずに、定期検診を実施し、様子をみていくこととなりました。

その後、定期的にご来院頂き、触診と胸部レントゲン検査を継続して行っておりますが、転移や再発、新たな腫瘍の発生はなく良好に過ごしてくれています。

まとめ

犬の乳腺腫瘍は、しこりを手で触って確認することができるため、ご家族に早い段階で気づいて頂きやすい腫瘍です。腫瘍ができてしまっても、早期発見・早期治療により、根治が可能となる場合も多いので、日頃から愛犬の体をよく触って頂くこと、しこりを見つけた場合には、出来るだけ早く病院を受診することが重要です。約50%は良性腫瘍であると言われていますが、良性であっても大きくなって化膿し痛みを伴う場合や、悪性腫瘍に転化することもあるので注意が必要です。

また、その発症には女性ホルモンが深く関わっているため、早期の避妊手術の実施により、高い予防効果が得られる腫瘍でもあります。最初の発情期が来る前であれば乳腺腫瘍の発生率は0.05%まで低下するとの研究データも存在します。

乳腺にしこりがあるけど、どうしたらいいのだろう、前からあった乳腺腫瘍が突然大きくなってきた、避妊手術と乳腺腫瘍の予防について詳しく聞きたい等、ご心配なことやご不明点など、お気軽にご質問ください。

今回の症例は、最終的には悪性腫瘍との診断でしたが、飼い主様が早期に気がついてくださったため、転移もなく無事手術を終えることができました。今後も定期検診を行っていき、元気に過ごしてくれることを期待しています。あずきちゃん、手術お疲れ様でした!

この記事を書いた人

岡田 憲幸

岐阜大学応用生物科学部獣医学課程を卒業。卒業後は都内動物病院(副院長)や松波動物病院メディカルセンターに勤めたのち、2023年に東郷がじゅまるの樹動物病院を開院。日本獣医師会、愛知県獣医師会、日本動物病院協会、獣医麻酔外科学会、日本獣医がん学会所属。日本動物病院協会 総合臨床医、日本動物病院協会 外科認定医資格所持。